猫舌Part4 |
- 361: 名前:ポセイドン投稿日:2006/11/05(日) 01:00
- ああ、悪を否定するに「異論」も難しいだな。笑
- 362: 名前:世直屋投稿日:2006/11/05(日) 01:04
- >>349 ポセイドンさん、何かあったの?
- 363: 名前:ポセイドン投稿日:2006/11/05(日) 01:09
- うん?!何かって?なにもないですよ。
- 364: 名前:世直屋投稿日:2006/11/05(日) 01:12
- 余りに悲観的な人生観、語るからさ
- 365: 名前:ポセイドン投稿日:2006/11/05(日) 01:15
- あ!349についてだけ?ですか?特別なにもないですよ。ただ、人一人理解するのは簡単じゃ
ない・・・理解して欲しいなら戦うしかないと感じるかな・・・。
互いに本気で戦いもしないで握手だけ望んで仮に握手してもメッキは剥がれるとしか感じないですね。
本気で刃交えて心からも血を流してそんな中から一人理解し会える人間が現れれば幸運だと感じる
からですかね。痛い思いも、傷つくもの嫌で理解して欲しいなんて子供でも許しません!笑
- 366: 名前:ポセイドン投稿日:2006/11/05(日) 01:19
- そうですか?悲観的ですか?僕はそう感じませんけどね。簡単に理解して貰えない中で
数少なくても理解しあえる人間がいたらそれで十分じゃないですかね。
ただし、それも簡単にはいかないと思っていますよ。「解っても・ら・え・る」なんて事を自分
の子供にも許しません。笑
- 367: 名前:世直屋投稿日:2006/11/05(日) 01:26
- ナルホド、それ聞いて安心しました。なかなか頑固親父ですな
- 368: 名前:ポセイドン投稿日:2006/11/05(日) 01:27
- ずるい弱い自分の醜さも知って、周囲の人間のそういうのも知って。その上でどういきるか?!
子供の世界はある意味もっと直接的で残酷でしょ?子供同士で理解しあうなんてのは正直
気持ち悪いとも思うかな。笑
子供のうちにもっと傷つけあえばいいとも思ってます。苛めて、苛められて「悪」を生きるのか
「善」を生きるのか、両方見ながら綱渡りするのか・・・親でもそこまで面倒みません!笑
- 369: 名前:世直屋投稿日:2006/11/05(日) 01:31
- 自分達の少年時代がまさにそうでしたね
- 370: 名前:ポセイドン投稿日:2006/11/05(日) 01:33
- 10人と戦って戦ったから10人理解しあえるなんてないですよね。下手すりゃ10人とも憎悪で接してくる、青春ドラマじゃないんだから、笑。
そんな現実で生きながら100人目?!ひょっとしたら1000人目?!でやっと一人かもしれない。
それ位覚悟してもらわにゃね。それだけ自分も醜いんだから、笑
- 371: 名前:ポセイドン投稿日:2006/11/05(日) 01:39
- やっぱそうでしょ!もっと正直言うとね。僕も1956年神奈川生まれなんですよ。笑
でね・・・馬鹿たれが・・・てめぇいまだにイジメラレッコ演じてんのか!このやろ!・・・ての
が正直なとこです。では!
- 372: 名前:世直屋投稿日:2006/11/05(日) 01:45
- 自分は変人だけど、ポセイドンさんもかなりアクが強いね、オモロいけど負けましたわ(笑)
- 373: 名前:ポセイドン投稿日:2006/11/05(日) 02:03
- そうですか?笑 アク強いですか?今は京都在住ですが横浜のお洒落なハマっ子なんですけど、笑
なんちってもね、実際ににゃ当時の横浜なんて港湾労働のガラの悪い街でさぁね!
保土ヶ谷なんて、ちょっと瀟洒な住宅と長屋が隣接してたとこですから。親が身売るの見ながら育った
同級生も山ほどいました。逆に運転手付の車で通学するおぼっちゃんも居てね。
苛めて苛められて、それでも相手ぶん殴って傷つけても生きる!傷ついて泣いて弱み見せれば更に
踏みつけられる。不良、不良と言われながら母ちゃんに万引きした玉子焼き持って帰る極道予備軍
の同級生もいたしね。強いのに尻尾振って弱いのに飛び蹴りして世渡りしてる奴もね。追詰められた
ら人を傷つけても自分は生き残る。全部人間ですよ。でもね、ガキの分際で自殺だのは生意気で嫌
いだね。ナメクジみたいな生き方でも生きた。傷ついたぁ・・ならずっと傷ついてろ!てな時代ですよね。
- 374: 名前:↑投稿日:2006/11/05(日) 02:11
- ポセイドンさん、ええ親父やろね
- 375: 名前:猫舌.投稿日:2006/11/05(日) 07:37
- ふとゴータマ・シッタルダを思い出しました。
彼は幸福の中にうまれるのですがその中に病・死・老・衰を見悩んだ末
全てを捨て苦行を始めます
煩悩は切って捨てるわけにはいかない、煩悩こそ出家修行の始まり
彼は自身の煩悩からの解脱を目指し苦行を重ねその実践こそが人類の
悩みである病・死・老・衰からの「救い」に至ると信じたわけです。
話を戻して矛盾に満ちた水谷氏の、やもすれば自己満足に終始しているかの
ように見える実践を「行」だとわたしが観じたのもそのあたりです
- 376: 名前:悪党投稿日:2006/11/05(日) 10:59
- そうやろか?あいつなんかいえば二言目には「私が死なせました」「私が殺しました」なんかほざきやがって。
ほんまに人を死なせた、殺したなんちゅう意識があったら言葉になんかでけんで。
こいつは何時も自分の行為、行動、発言に臆病な程「卑下」した表現してよる。
ポセイドンにほぼ同感や。そんな本音殺した言葉で公演なんぞしてる人間の言葉なんか死ぬのが
どんなことかもわからんで死にたがる「夢遊病」みたいなガキんちょに届くかいな。
「行」なんかちゃうわい、行者はなんも語らんもんや。
- 377: 名前:悪党投稿日:2006/11/05(日) 11:12
- ああいうやつマジの「タイマン」では人と話せんとおもうしな。不特定多数相手に一番攻撃されにくい場所探して自分だけ
安全地帯にいよる感じやな。
せやなかったらもっと賛同して協力する人間がでてくるもんや。不特定多数に漠然と「正義」らしき言動が一番すかんな。
サシでとことん一人に係わりきれん人間感じんねん。あっちゃこっちゃうろついてちょうどええ湯加減で相手するにゃったら
どこぞで一人だけ囲んで最後まで係ってやる奴の方がまだええのう。
- 378: 名前:猫舌.投稿日:2006/11/05(日) 16:51
- なるほど。私にも覚えがありますが極端な卑下は畢竟事前の批判封じだったりします
責任を引きうると自分の尻を見せ付けて廻るような卑劣さがあるのかもしれません
しかしなおかつ彼の活動が一隅を照らしているとしたら悪人正機ではありませんが彼は
自分自身の悪人と向き合っているのかもしれません。
- 379: 名前:↑投稿日:2006/11/06(月) 02:04
- 自分自身と向き合うのに他人の苦しみ利用してるて事ですか?
それは何も向き合ってないのではないですか?
- 380: 名前:猫舌.投稿日:2006/11/06(月) 07:38
- 他人こそ自分の鏡ではないでしょうか。
- 381: 名前:(^_-)投稿日:2006/11/06(月) 10:17
- 他人は他人やで(´`)
- 382: 名前:猫舌.投稿日:2006/11/06(月) 11:33
- 他人にとってはあなたも他人ですよね。つまり他人は自分です。
- 383: 名前:土竜.投稿日:2006/11/06(月) 12:27
- 自分と向き合うと、叱咤したり反省ばかりさせられます(笑)
- 384: 名前:そんな投稿日:2006/11/06(月) 13:53
- 禅問答みたいなんもうえーで
- 385: 名前:土竜.投稿日:2006/11/06(月) 14:11
- じゃあ話題を変えて!
先日、市川拓司原作の『恋愛写真』が映画された。
『ただ、君を愛してる』を見てきました!
小説を読んだ時は泣けたのに、映画では泣けませんでした。
原作を所々、端折ってあったせいだと思います。 東野圭吾原作の『手紙』も読んで泣けたので、これも映画で見て泣けるか再チャレンジしてみます(笑)
猫舌さんお薦めの『父親たちの星条旗』も見ます。 やはり小説を読んだ後の映画はどの作品も物足りなさを感じるのでしょうか?
- 386: 名前:猫舌.投稿日:2006/11/06(月) 16:03
- 前もこの話題があった時に、果たして小説で感激して映画で駄目だったとか
あるかなとか考えたのだけど思いつかない。よく考えたら俺小説というかフィクション
は全然読んでないや。
- 387: 名前:土竜.投稿日:2006/11/06(月) 16:23
- 逆に私はノンフィクション小説が映画になったものはみた事がないのですが…
それは読んで感じたままを、映画でも感じられるように思います。
- 388: 名前:土竜.投稿日:2006/11/06(月) 16:28
- ノンフィクションはありのままですもんね!
ダイレクトに伝わる事に感激や恐怖で震えそう。
- 389: 名前:土竜.投稿日:2006/11/06(月) 17:06
- 足のあるイルカが発見されましたね!
- 390: 名前:猫舌.投稿日:2006/11/06(月) 20:15
- 先祖帰りでしょうか。天然記念物級の発見には違いないですが、子孫を作らせて
同じ形質のものを掛け合わせてより先祖帰りさせようと狙っている科学者もおおいでせうね
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