「五条楽園って」其の伍
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35 ) 熟れた芸妓.
[2004/02/09(月) 23:42]
その夜、彼に抱かれました。女は、身体が感じていても、心がどこか冷めるときがあります。でも、彼に抱かれるときは、いつも分離がないのです。心ごと感じてしまうのです。それどころか、抱かれているこの私さえ消えてなくなってしまうのです。向こう側に、抱いている男が居て、こちら側に、抱かれている女が居る。彼に抱かれるときは、その境界線が消えてなくなるのです。ただ、ひとつなのです。それは、まるで湖に小船を浮かべ、ゆらゆらと揺れるような心地よさなのです。
 彼のベッドから、ふと、窓を見上げると、冬の月が見えました。レモンシャーベットのような冷たい月。その月明かりに照らされた彼の首筋を、私は強く抱きしめました。「突然消えたりしないで、ずっと傍に居て欲しい」そう彼の耳元でささやきました。彼はじっと私の目を見つめ、頷いてくれました。そのとき、私は五條を去ろうと思ったのです。彼だけを見ていたい。そう思ったのです。
 私は、今までずっと、自分のことを淫らな女だと思っていました。でも、一人の人を深く想ってしまうと、淫らな気持ちは嘘のように跡形もなく消えてしまったのです。それどころか、淫らなことそれ自体に耐えられなくなってしまったのです。こんなの初めてです。彼以外は何も要らない。そう思ってしまったのです。
 その夜、彼は私を駅まで送ってくれました。夏に置屋さんの前まで並んで歩いたようにして。でも、あのときと違って、今は手を繋いでいる。彼の肩にもたれかかっている。何よりも、並んで歩ける時間が長い。そんなたわいのないことでも、私にはとてもうれしかった。そして、彼はまた次に逢う約束をしてくれたのです。坂道から眺める神戸の夜景が、何だかとてもキラキラと輝いて見えました。

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管理者:KFJ
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