「五条楽園って」其の伍
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33 ) 熟れた芸妓.
[2004/02/09(月) 23:38]
 彼のマンションは坂の途中にありました。マンション目指して坂を上るとき、ふと振り返ると、神戸の港が見え、その向こうに冬の海が見えました。「彼は、こんな風景を毎日見ているんだ。同じ風景を、今、私も見ている」ただそれだけのことなのに、私はとてもうれしくなりました。
 マンションに到着すると、郵便受けを確認して、彼の部屋のある4階までエレベーターで昇りました。そして、彼の部屋の前に立ったのです。表札には、彼の名前が書かれてありました。私は、その名前をそっと指先でなぞりました。「やっと見つけた」私は、震える心を抑えながら、ゆっくりとベルを押したのです。
 結局、彼は留守でした。何度もベルを鳴らしたのに、何の返事もなかったのです。「もー、どこへ行ったのよ!せっかく、ここまで来たのに!」仕方がないから、私はマンションの入り口で彼が帰ってくるのを待つことにしました。でも、ここでも、待てど暮らせど、彼は帰って来ないのです。坂の下に見える冬の海は、時間と共に少しずつ暗くなり、そんな色を見ていると、私はだんだん不安になりました。「もし、誰か他の女の人と一緒に帰ってきたらどうしよう?一人で帰ってきても、迷惑がられたらどうしよう?」そんなことが、頭の中を過るのです。
 冬の日は短く、既に辺りは暮れ始めていました。私は、身体が冷えることもあって、置手紙を残し帰ることにしました。バックの中からメモ用紙を出し、私の気持ちを素直に書いて、もう一度彼の部屋まで行き、メモを部屋のドアに挟みました。
 そして、坂を下りて駅まで引き返したのですが、やはりこのままでは帰れないのです。「このまま会わずに帰ってしまったら、もう二度と会えないかもしれない」何故かそう思ってしまい、どうしても帰れないのです。私は、もう一度彼のマンションへ戻ることにしました。

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