「五条楽園って」其の伍
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29 ) 熟れた芸妓.
[2004/02/09(月) 23:28]
私がその人と初めて会ったのは、昨年の梅雨の頃、京の街に朝から小雨がしとしとと降る日でした。その人は背が高く、指が長く、どこか翳を感じさせる人でした。窓の外に雨音が聞こえるお座敷で、身体を合わせたとき、その人はじっと私の顔を見つめて、何故か「不思議な気がする」と言っていました。
 2週間後、その人はまた私に逢いに来てくれました。また、その2週間後も。そして、それからは殆ど毎週のように、その人は私に逢いに来てくれたのです。
 私がお座敷に着くと、お茶を飲みながら世間話を交わし、その後、彼はそっと私を抱き寄せて、やさしく包み込んでくれました。いつしか私は、そのことに心地よさを感じるようになっていました。何かが違っていたのです。彼の腕の中にいるときに感じるもの。それは、まるで母親のお腹の中にいるような、心から安心しきれる何かなのです。私は、ずっとこのままでいたい、そう思うようになっていました。そんなある日、彼が私の耳元で、好きだと言ってくれたのです。「本当かな?」と思いながらも、私はうれしかった。
 七夕の日、私は休んでいたのですが、彼は私に逢いに来てくれました。でも、私が休んでいることをお茶屋さんのお母さんから聞くと、他の人は呼ばずに帰られ、翌日、出直してくれたのです。
 祇園祭が終わった頃、彼から手紙を手渡されました。その手紙には、人は誰かを想うのではなく、想いが人に宿るのだと書かれてありました。過去に誰かの届かなかった想いは、届くまで人を代え宿り続ける。それは輪廻転生のようなもの。この胸に宿った想いは、きみに届くのでしょうか?宵山を一人歩き続けながら、きみのことばかりを考えていました。そんなことが書かれてありました。私はその手紙をそっとこの胸に抱きしめ、初めて恋をしたときのような気持ちになったのです。
 でも、私には葛藤がありました。私は娼婦です。彼はお客さんです。その狭間で私の心はゆらゆらと揺れ、彼に対してちゃんとした返事をしないままでいたのです。

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管理者:KFJ
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